「何度言っても行動できない」「次の予定を伝えるとパニックになる」 こうしたお悩みは、決してあなたの伝え方の問題でも、お子さんの「わがまま」でもありません。
その背景には、脳における情報の受け取り方の特性が隠されています。
耳から入る「言葉」は、話された瞬間に消えてしまう、いわば"流れ星"のような情報です。一方、目で見る「絵」や「文字」は、その場に留まり続ける"北極星"のような情報です。
特に自閉スペクトラム症(ASD)のお子さんの中には、社会的な情報(人の顔や声)よりも、非社会的なモノやパターンといった視覚情報に注意が向きやすいという脳の特性があることが、研究(Tsang et al., 2024)で示唆されています。
つまり、言葉で説明するよりも「目で見てわかる」形に情報を翻訳してあげることが、お子さんの脳にとって最も理解しやすいコミュニケーション手段なのです。
この記事では、小児発達専門の理学療法士として、なぜ視覚支援がこれほどまでに有効なのか、その科学的根拠を最新の研究に基づいて解説し、明日からご家庭や園で始められる具体的な方法と注意点をご紹介します。
なぜ効くの?視覚支援を支える3つの科学的根拠
視覚支援は、単なる「便利な道具」ではありません。お子さんの脳の発達を促し、心の安定を支える、科学的にその効果が証明された支援法です。
米国政府機関も認める「エビデンスに基づく実践(EBP)」
まず知っておいていただきたいのは、視覚支援(Visual Supports)は、米国の国立専門能力開発センター(NPDC)や自閉症エビデンス拠点(NCAEP)によって、科学的根拠のある効果的な支援法=「エビデンスに基づく実践(EBP)」として公式に認定されているという事実です(Hume et al., 2021)。
これは数多くの質の高い研究によって、その有効性が繰り返し確認されていることを意味します。
1. 脳の「ワーキングメモリ」の負担を減らす
「おもちゃを片付けて、手を洗って、おやつにしよう」という言葉には、3つの指示が含まれています。
これを記憶し、順序通りに実行するには、脳の「ワーキングメモリ」という短期記憶システムを使います。
発達に特性のあるお子さんは、このワーキングメモリの働きが少しゆっくりなことがあり、複数の指示を一度に処理するのが苦手です。
視覚的な手順書は、この消えてしまう言葉の指示を、いつでも見返せる絵のリストに変換します。
これにより脳の負担が劇的に減り、子どもは落ち着いて課題に取り組むことができます。
ワーキングメモリについて詳しくはこちらの記事でも解説しています。
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2. 「見通し」が不安を安心に変える
私たちの脳は、次に何が起こるか分からない「不確実な状況」を強くストレスに感じます。
これはお子さんも同じです。特に感覚が過敏なお子さんにとって、予測できない状況は大きな不安やパニックの原因となります。
ビジュアルスケジュール(絵や写真で1日の流れを示したもの)は、「これから起こること」を明確に予告する「心の地図」の役割を果たします。
見通しが立つことで不安が軽減され、活動の切り替えがスムーズになることは、多くの研究で支持されています(Galiatsatos et al., 2024)。
視覚支援の代表的なアプローチと家庭での応用
視覚支援には、世界中で実績のある包括的なプログラムも存在します。その考え方は、ご家庭での支援のヒントになります。
TEACCH(ティーチ)
構造化という考え方に基づき、子どもが「いつ・どこで・なにを・どのように・いつまで」活動するのかを、視覚的に分かりやすく環境を整えるプログラムです。
例えば、棚に写真ラベルを貼って物の場所を明確にしたり、机の上についたてを置いて作業に集中できる空間を作ったりします。
これは環境そのものを「目で見てわかる教科書」にするアプローチです(Van der Meer et al., 2013)。
PECS(ペックス)
言葉でのコミュニケーションが難しいお子さんのための、絵カードを使ったコミュニケーションシステムです。
欲しいものの絵カードを相手に渡して要求を伝えることから始め、段階的に文章での表現へと発展させます。
自発的なコミュニケーションの第一歩を育む上で、高い効果が報告されています(Flippin et al., 2010)。
家庭でできる!はじめの一歩
「どっちがいい?」選択ボード
おやつや遊びたいおもちゃの写真を2枚見せて、本人に指差しで選ばせてみましょう。
「これ、おしまい」ビジュアルタイマー
遊びの終わりを告げる際、残り時間が色でわかるタイマーを見せ、「赤いのがなくなったらおしまいね」と伝えることで、スムーズな切り替えを促します。
「できたらはがす」やることリスト
朝の支度などを写真カードにし、終わったら「おしまい箱」に入れるルールにすると、達成感を味わいながら自立を促せます。
まとめ
視覚支援の目的は、子どもを管理することではありません。私たちが話す「言葉の世界」と、子どもが見ている「視覚の世界」の間に、信頼できる橋を架けてあげることです。
その橋を渡ることで、子どもは「わかった!」という自信と、「自分でできた!」という喜びを手に入れます。
今回ご紹介した多くの研究が示すように、視覚支援は専門家の長年の経験と科学的な検証に裏打ちされた、非常に強力な支援法です。ぜひ、お子さんの好きなものの写真カードを一枚作ることから、始めてみてください。
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参考文献
- Hume, K., Steinbrenner, J. R., Odom, S. L., et al. (2021). Evidence-Based Practices for Children, Youth, and Young Adults with Autism: A Comprehensive Systematic Review. Journal of Autism and Developmental Disorders, 51(12), 4732–4752.
- Galiatsatos, P., & Anderson, A. (2024). The use of visual schedules to increase academic-related on-task behaviors of individuals with autism: a literature review. International Journal of Developmental Disabilities, 1-12.
- Tsang, T., et al. (2024). A systematic review and meta-analysis of atypical visual attention towards non-social stimuli in preschoolers with autism spectrum disorder. Autism Research, 17(1), 18-35.
- Van der Meer, L., & Waddington, H. (2025). A systematic review of digital activity schedule use in individuals with autism spectrum disorder and intellectual disability. Journal of Intellectual & Developmental Disability, 1-16.
- Flippin, M., Reszka, S., & Watson, L. R. (2010). Brief report: randomized test of the efficacy of Picture Exchange Communication System on highly generalized picture exchanges in children with ASD. Journal of Autism and Developmental Disorders, 40(6), 771–775.
- Virués-Ortega, J., Julio, F. M., & Pastor-Barriuso, R. (2013). The TEACCH program for children and adults with autism: a meta-analysis of intervention studies. Clinical Psychology Review, 33(8), 940–953.
- Wong, C., Odom, S. L., Hume, K. A., et al. (2015). Evidence-Based Practices for Children, Youth, and Young Adults with Autism Spectrum Disorder: A Comprehensive Review. Journal of Autism and Developmental Disorders, 45(7), 1951–1966.