「どうしてうちの子は、じっと座っていられないんだろう?」 「何度言っても、お友達を強く叩いてしまう…」 「特定の服しか着たがらないのは、ただのワガママ?」
子育てや子どもたちの支援の現場では、こうした「なぜ?」という疑問が尽きないものです。一生懸命に向き合っているのに、なかなか行動が変わらないと、支援している側も途方に暮れてしまいますよね。もしその「困った行動」が、本人のやる気や性格の問題だけではなく、その子自身の「感覚の受け取り方」に理由があるとしたら、どうでしょうか。
この記事では発達障がい児支援の現場で活用されている「感覚統合」という考え方をご紹介します。これは子どもの行動の背景にある理由を理解するための、とても大切な視点です。
この記事を読み終える頃には、お子さんの行動の背景にあるかもしれない理由に気づき、「明日からこんな風に関わってみようかな」と、少し肩の力が抜けた、新しい一歩を踏み出すヒントが見つかるはずです。
感覚統合とは?- 脳の中で起きている大切な働き
「感覚統合」と聞くと、少し難しく感じるかもしれません。ですがこれは、私たちの誰もが無意識のうちに行っている、脳の基本的な働きの一つです。
簡単に言うと、感覚統合とは「脳が、体中から入ってくる様々な感覚情報を、上手に整理してまとめる力」のことです。
私たちは、目(視覚)、耳(聴覚)、皮膚(触覚)といった体中のセンサーから、常にたくさんの情報を受け取っています。脳はそれらのバラバラな情報を瞬時に整理し、「これは重要な情報だ」「これは今は気にしなくていい」と交通整理をしながら、その場の状況に合った適切な行動がとれるように指令を出しています。
この一連のプロセスが「感覚統合」です。
あらゆる学びの「土台」となる重要な機能
感覚統合は、私たちが生きていく上で必要な、あらゆる能力が育つための「土台」となっています。
学習(読み書き・計算)、運動、手先の器用さ、そして心の安定。これらの能力はすべて、しっかりとした感覚統合という土台の上に成り立っています。土台がグラグラしていると、その上に何を積み上げようとしても、不安定になってしまうのです。
特に発達の土台作りにおいて重要でありながら、見過ごされがちな3つの感覚があります。
触覚(しょっかく)
皮膚で感じる感覚です。「触って気持ちいい・痛い」だけでなく、自分の体の輪郭を認識する(ボディイメージ)の基礎にもなります。
固有受容覚(こゆうじゅようかく)
少し難しい言葉ですが、「自分の体の位置や動き、力加減を感じるセンサー」のことです。目をつぶっていても自分の手足がどこにあるか分かったり、ドアを適切な力で開け閉めしたりできるのは、この感覚のおかげです。
前庭覚(ぜんていかく)
主に耳の奥にある器官で感じる、スピードや体の傾き、重力を察知する感覚です。姿勢をまっすぐに保ったり、バランスを取ったり、眼球の動きをコントロールしたりする、体のバランス調整役を担っています。
【支援現場あるある】こんな「困った!」、実は感覚のサインかも?
それでは実際の支援現場でよく見られる「困りごと」が、感覚統合の視点から見るとどのように理解できるのか、具体的なケースを見ていきましょう。
ケース1
落ち着きがなく、常に動き回っている。じっと座っていられない
椅子に座ってもすぐに立ち歩いたり、ぐるぐる回ったり、ぴょんぴょん跳ねたり…。こうした行動は、周りから見ると「集中力がない」「言うことを聞かない」と映るかもしれません。
考えられる背景
もしかしたら、その子の脳は少し覚醒度が低い(眠たい)状態なのかもしれません。そして、脳を目覚めさせるために、自分で強い刺激(特に、前庭覚や固有受容覚)を一生懸命に入れている(感覚探求)可能性があります。「このままじゃ眠ってしまう!しっかりしなくちゃ!」と、無意識に体を動かしているのです。
支援のヒント
「静かに座って!」と行動を制止するだけでは、根本的な解決になりにくいかもしれません。むしろ、その感覚欲求を、より肯定的で社会的に認められる活動で満たしてあげる、という視点はいかがでしょうか。例えば、活動の前に「ちょっとだけトランポリンでジャンプしようか」「先生のお手伝いで、この重い本を運んでくれるかな?」といった時間を設けることで、脳が必要な刺激で満たされ、その後の活動に落ち着いて取り組みやすくなることがあります。
こちらの記事では動き回ってしまうお子さんへの支援の方法を詳しく解説しています。
-
-
参考落ち着きがないのはADHD?それとも感覚の問題?動き回る子の行動の理由と関わり方
「うちの子、少しもじっとしていない…もしかしてADHDなの?」 「公園で走り回るのはわかるけど、家の中でもずっと飛び跳ねているのはどうして?」 発達に特性のあるお子さんで「じっとしていら ...
続きを見る
ケース2
特定の音、光、匂いや、人に触られるのを極端に嫌がる
掃除機の音でパニックになったり、スーパーの照明をひどく眩しがったり、特定の素材の服しか着なかったり、友達にポンと肩を触られただけでびっくりして怒ってしまったり…。
考えられる背景
その子の感覚のアンテナが、他の人よりもずっと敏感(感覚過敏・感覚防衛)で、私たちには気にならないような些細な刺激が、本人にとっては耐え難いほどの苦痛に感じられているのかもしれません。
支援のヒント
本人の「嫌だ!」という訴えは、ワガママではなく、生きるための必死のサインかもしれません。まずは、その子の感じている世界を尊重し、刺激を減らしてあげる環境調整が有効です。イヤーマフやサングラスの利用を認めたり、刺激の少ない静かなクールダウンスペースを用意したりするのも良いでしょう。また、「今から掃除機をかけるよ」「〇〇ちゃん、今から肩を触るね」のように、何が起こるかを見通しとして伝えてあげるだけで、心の準備ができ、パニックを防げることも少なくありません。
ケース3
加減が苦手で、おもちゃを壊したり、友達を強く叩いてしまう
クレヨンをすぐに折ってしまったり、積み木をそっと置けずにガチャンと崩してしまったり。悪気はないのに、お友達を「ポン」と触るつもりが「ドン」と強く叩いてしまい、トラブルになることもあります。
考えられる背景
これは、自分の体の力加減を感じるセンサー(固有受容覚)の働きが、少し育ちにくいのかもしれません。目隠しをしてコップに水を注ぐのが難しいように、本人も自分の力がどれくらい出ているのかを感じにくいのです。「わざとじゃない」ということを、まず大人が理解してあげることが大切です。
支援のヒント
「もっと優しく!」と叱るよりも、力をコントロールする感覚を育む遊びをたくさん取り入れてみましょう。粘土をこねる、布団でぎゅーっとサンドイッチごっこをする、公園でジャングルジムにぶら下がる、雑巾がけや綱引きなど、ぐーっと力を入れたり、押し返されたりするような活動は、固有受容覚を育むのにとても効果的です。
ケース4
ひどい偏食。決まったものしか食べない
白いご飯とふりかけだけ、カリカリしたものしか食べない、など、極端な偏食に悩む保護者の方は少なくありません。
考えられる背景
口の中の感覚(触覚)や、食べ物の匂い(嗅覚)、見た目(視覚)がとても過敏で、未知の食べ物が口に入ることに、強い不安や恐怖を感じているのかもしれません。いつも同じものを食べるのは、本人にとってそれが唯一「安全」だと確認できているからです。
支援のヒント
栄養面が心配になるお気持ちはよく分かりますが、無理強いは逆効果になることがほとんどです。食事の時間を「苦痛な時間」にしないことが何より大切です。「食べなくてもいいよ」という安心感をベースに、「ちょっと触ってみるだけ」「匂いをかいでみるだけ」といった小さなステップから始めてみましょう。野菜スタンプで遊んだり、一緒に調理実習をしたりと、食材を「食べ物」以外の形で楽しむ経験を積むことも、抵抗感を和らげるきっかけになることがあります。
家庭や園でできる!感覚統合を育む「あそびの処方箋」
感覚統合を育むというと、何か特別な訓練が必要だと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。子どもたちが大好きな「あそび」や、日々の生活の中に、そのヒントはたくさん隠されています。
公園あそび
ブランコ(前庭覚)、滑り台(前庭覚・固有受容覚)、ジャングルジム(固有受容覚・前庭覚)、砂場あそび(触覚)など、公園は感覚を育む活動の宝庫です。
おてつだい
お買い物で少し重い荷物を持ってもらう、お風呂掃除でスポンジで壁をゴシゴシこする、布団を運ぶなど、生活の中の「重いものを押す・引く・運ぶ」活動は、優れた感覚遊びになります。
ふれあい遊び
布団でサンドイッチや巻き寿司のように、ぎゅーっと体を圧迫する遊びは、安心感と共に固有受容覚を育てます。シーツやバスタオルでハンモックのように揺らしてあげるのも良いでしょう。
感触あそび
粘土、スライム、水遊び、泥んこ遊びなど、様々な素材に思い切り触れる機会を作りましょう。汚れるのを嫌がるお子さんには、まずは大人が楽しそうに遊ぶ姿を見せることから始めてみてください。
ここで最も大切なのは、「子どもが主体的に、楽しみながら行うこと」です。大人がやらせる「訓練」になった途端、脳はそれを心地よい刺激として受け取ってくれません。「楽しい!」「もっとやりたい!」という気持ちこそが、脳と体を育む最高の栄養になるのです。
まとめ
感覚統合は、万能の解決策ではありません。しかし、子どもの行動を「良い/悪い」や「できる/できない」で判断するのではなく、「その子にとって、この世界は今どのように感じられているのだろう?」と想像するための、とても大切で、そして優しい「新しい視点」になってくれます。
「落ち着きがない」のではなく、「脳が刺激を求めて、一生懸命に目覚めようとしているんだな」。 「ワガママで偏食」なのではなく、「未知の食感が怖くて、食べられるものを必死で探しているんだな」。このように、行動の背景にある「理由」が見えてくると、私たち支援者の声かけや関わり方は、自然と変わっていきます。そして、自分のことを理解してくれる大人の存在は、何よりも子どもの自己肯定感を育む土壌となるでしょう。
感覚統合について詳しく学びたい方は、日本感覚統合学会を覗いてみてください!