「うちの子、少しもじっとしていない…もしかしてADHDなの?」 「公園で走り回るのはわかるけど、家の中でもずっと飛び跳ねているのはどうして?」
発達に特性のあるお子さんで「じっとしていられない」「常に動き回っている」という行動を示す場合、その背景には様々な要因が考えられます。単純に「ADHD」と判断する前に、感覚処理の特性や自己刺激行動の可能性を十分に検討する必要があります。
この記事ではお子さんの「動き回る」という行動について、ADHDによる多動性との違いや、感覚鈍麻・自己刺激行動との関係を研究論文などをもとにわかりやすく解説していきます。
第1章:なぜ子どもはたくさん動き回るのか?考えられる2つの背景
お子さんの「動き回る」という行動の背景には、大きく分けて2つの可能性が考えられます。
一つは脳の機能的な特性であるADHD(注意欠如・多動症)、もう一つは感覚処理の問題、特に感覚鈍麻によるものです。
1.ADHD(注意欠如・多動症)による「多動性」
ADHDは、不注意(集中力が続かない)、多動性(じっとしていられない)、衝動性(思いついたら行動してしまう)といった特性を主な症状とする発達障害の一つです。
アメリカ精神医学会の診断基準『DSM-5』では、これらの症状が家庭や学校など複数の場面で見られ、生活に支障をきたしている場合に診断が検討されます。ADHDの「多動性」に見られる行動の具体例としては、以下のようなものが挙げられます。
行動の具体例
- 椅子に座っていても、手足をもじもじしたり、体を揺らしたりする
- 静かにしているべき場面(食事中、読み聞かせ中など)で立ち歩いてしまう
- おしゃべりが止まらない
- まるでエンジンで動いているかのように、常に活動している
これらの行動は、本人が「ふざけている」わけではなく、脳内の神経伝達物質の働きや、行動をコントロールする実行機能の未熟さが背景にあると考えられています。
つまり本人の意図とは関係なく、衝動的に体が動いてしまうのが特徴です。
2. 感覚処理の問題と「自己刺激行動」
一方、私たちの脳は、目(視覚)、耳(聴覚)、鼻(嗅覚)、舌(味覚)、皮膚(触覚)の五感に加え、体の傾きやスピードを感じる「前庭覚(ぜんていかく)」や、筋肉や関節の動きを感じる「固有受容覚(こゆうじゅようかく)」といった感覚からの情報を常に受け取り、整理・統合しています。これを感覚処理と呼びます。
この感覚処理の過程で、ある特定の感覚を脳が受け取りにくくなっている状態を「感覚鈍麻(低反応)」と言います。
感覚鈍麻のあるお子さんは、脳が必要な量の感覚刺激を受け取れていないため、無意識のうちに強い刺激を求めて自ら行動を起こします。これが「自己刺激行動」や「常同行動」と呼ばれるものです。
感覚鈍麻による自己刺激行動の具体な例には以下のようなものがあります。
- その場でぐるぐる回る、ジャンプを繰り返す(前庭覚への刺激)
- 壁や人にわざとぶつかる、高いところから飛び降りる(固有受容覚への刺激)
- ソファの背もたれを何度も乗り越える(前庭覚・固有受容覚への刺激)
- 体を揺らし続ける
これらの行動は、一見すると目的がないように見えるかもしれませんが、お子さん本人にとっては「足りない感覚を補い、脳の覚醒レベルを適切な状態に保つ」**という、非常に大切な目的があります。動くことで脳に刺激を送り、スッキリしたり、落ち着いたり、集中できるようになったりするのです。
ADHDと感覚処理の問題
多くの研究で、ADHDの特性を持つ子どもの多くが感覚処理の問題を併せ持つことが報告されています。
例えば、Ghanizadeh, A. (2011)の研究では、ADHDの子どもは定型発達の子どもと比較して、有意に感覚探求行動(強い刺激を求める行動)が多いことが示されました。この事実は、ADHDの多動性と感覚鈍麻による自己刺激行動が、専門家にとっても鑑別が難しい問題であることを示唆しています。
ADHDの多動性と自己刺激行動、どう見分ける?
目の前のお子さんの行動がADHDの多動性なのか、それとも感覚鈍麻による自己刺激行動なのか、どのように見分ければよいのでしょうか。
実は特発達の個人差が大きい5歳未満での判断は非常に難しいとされています。
なぜ5歳未満の診断・鑑別は難しいのか?
アメリカ精神医学会の診断基準『DSM-5』においても、ADHDの診断は通常、学齢期以降に慎重に行われます。その理由は以下のように言われています。
定型発達との区別が困難
幼児期は、好奇心旺盛でエネルギーに満ち溢れているのが自然な姿です。そのため、ADHDの多動性の特徴とされる行動が、定型発達の範囲内でも頻繁に見られます。
状況による変動
子どもの行動は、気分や体調、環境によって大きく変動します。一時的な行動なのか、持続的な特性なのかを見極めるには時間がかかります。
専門家でさえ慎重な判断を要するため、保護者の方が断定することはできません。
しかし、日々の生活の中で「行動の質」に注目することで、お子さんの行動の背景を理解するヒントを得ることは可能です。
鑑別のための3つの視点(観察できるポイント)
ご家庭でお子さんの様子を観察する際に、以下の3つの視点を持つと、行動の背景が見えやすくなるかもしれません。
ADHDの「多動性」の傾向 | 感覚鈍麻の「自己刺激行動」の傾向 | |
1. 状況の一貫性 | 状況や場面を選ばず、一貫して落ち着きのなさが見られることが多い。(例:楽しい遊びの時間でも、静かにすべき食事の時間でも、同じようにソワソワしている) | 特定の状況で出やすいことがある。(例:手持ち無沙汰な時、不安な時、疲れている時、逆に興奮しすぎた時など、感覚的な刺激が欲しい時に現れる) |
2. 行動の目的 | 本人には「動きたいから動く」という明確な目的意識がないことが多い。衝動的に体が動いてしまう感覚に近い。 | 本人にとって「感覚を満たす」という目的がある。その行動をすることで、本人が落ち着いたり、覚醒したりする様子が見られる。 |
3. 周囲への関心 | 周囲の刺激(音、人の動きなど)に注意が向きやすく、次から次へと興味が移ることがある。 | 自分の内的な感覚に集中しているように見えることがある。行動中は、一点を見つめていたり、周囲への反応が薄くなったりすることがある。 |
ここからは具体例を見ていきましょう。スーパーのレジ待ちの場面を想像してみてください。
具体例①
(A君) カートから身を乗り出して近くの商品に手を伸ばしたり、前に並んでいる人に話しかけたり、レジの音に気を取られたり、絶えず周囲に反応しながら動き回っている。
→ ADHDの多動性・衝動性の傾向が考えられます。外部の刺激に次々と反応し、衝動的に行動しています。
具体例②
(B君)退屈そうな顔で、急にその場で体を左右に大きく揺らし始めた。保護者が話しかけてもあまり反応せず、自分の世界に入っているように見える。しばらく揺れると、少しスッキリした表情になった。
→ 感覚鈍麻による自己刺激行動の可能性が考えられます。何もすることがない状況で、足りない感覚(前庭覚や固有受容覚)を自分で補おうとしています。
もちろん、これはあくまで傾向であり、両方の特性を併せ持っているお子さんも多くいます。
大切なのは「どちらか」と決めつけることではなく、「この行動には、こんな背景があるのかもしれない」とお子さんの内面を想像してみることです。
動き回る子への具体的な関わり方5選
もし、お子さんの行動が「感覚鈍麻」による自己刺激行動の可能性が高いと感じたら、どのように関わればよいのでしょうか。
重要なのはその行動を「問題行動」として無理にやめさせるのではなく、「必要な行動」と理解し、より安全で社会的に受け入れられやすい形で感覚欲求を満たせるようにサポートすることです。
ここでは、脳科学と作業療法の分野で効果が実証されている「感覚統合療法」の考え方に基づいた関わり方を紹介します。
1. 行動の目的を受け止める
ジャンプしたり、走り回ったりする行動を頭ごなしに「やめなさい!」「静かにして!」と叱ってしまうと、お子さんは自分の感覚的なニーズを否定されたように感じ、不安が強まることがあります。
またその行動を無理に止められても、感覚欲求が満たされないため、別の行動(爪を噛む、指を吸うなど)に置き換わることも少なくありません。
まずは「動きたいんだね」「ジャンプするとスッキリするんだね」と、行動の裏にある欲求を言葉にして受け止めてあげることが第一歩です。
2. 感覚欲求を満たす「遊び」を積極的に提供する
叱る代わりに、お子さんの感覚欲求を安全に、そして十分に満たせるような「遊び」を日常に組み込んでみましょう。
ポイントは「前庭覚」と「固有受容覚」をしっかり刺激することです。
おすすめの感覚遊び
固有受容覚へのアプローチ(押す・引く・ぶら下がる・圧迫)
-
- 布団やマットでサンドイッチプレス
- 重い荷物(ペットボトルが入ったリュックなど)を運ぶお手伝い
- 公園のジャングルジムやうんてい
- トランポリン、バランスボール
- 粘土遊び、雑巾がけ
前庭覚へのアプローチ(揺れる・回る・スピード)
-
- ブランコ(前後の揺れ、回転)
- 滑り台
- 回転椅子(安全に配慮して)
- シーツブランコ(大人がシーツの両端を持って揺らす)
- 一本橋歩き、平均台
これらの活動を「感覚を満たすための時間」として意識的に設けることで、お子さんは自分で感覚を調整する方法を学んでいきます。
エビデンス
感覚統合療法の効果
Lane, S. J.らの研究(2010)では、感覚統合療法がADHD児の感覚運動能力や行動の問題を改善する可能性が示唆されています。適切な感覚刺激を提供することが、脳機能の統合を促し、結果として落ち着きや集中力の向上につながると考えられています。
3. 集中が必要な活動の前に「運動ブレイク」を入れる
食事や読み聞かせなど、しばらく座っていてほしい活動の前には、意識的に体を動かす時間を設けましょう。
5分〜10分程度、トランポリンでジャンプしたり、廊下を競争したりするだけで、その後の着席のしやすさが大きく変わることがあります。これは「感覚の予約」とも呼ばれ、あらかじめ感覚欲求を満たしておくことで、集中力を維持しやすくする効果が期待できます。
4. 環境を調整し、着席中も刺激を得られるようにする
じっと座っているのが苦手なお子さんには、座っている間も適度な固有受容覚の刺激が得られるような工夫が有効です。
フットローラーやゴムバンド
机の足にゴムバンドを張り、椅子に座りながら足で押したり引っ張ったりできるようにする。
バランスディスク
椅子の座面に置くことで、体が微妙に揺れ、前庭覚と固有受容覚への刺激が続く。
重みのあるクッション
膝の上に置くことで、心地よい圧迫感が得られ、安心感につながる。
5. とにかく安全な環境を確保する
動き回ること自体は、お子さんにとって必要なことです。大切なのは、その行動によって怪我をしないように環境を整えることです。
- 部屋の角にコーナーガードをつける
- 倒れると危険な家具は固定する
- 床に物を散らかさない
- 飛び降りても安全なように、マットや布団を敷いておく
安全が確保されていれば、保護者の方も「危ない!」と叱る頻度が減り、おおらかな気持ちでお子さんの行動を見守りやすくなります。
まとめ
お子さんの「落ち着きのなさ」や「動き回る」という行動。その背景には、ADHDの特性だけでなく、感覚鈍麻という脳の仕組みが関係している可能性があります。
5歳未満のお子さんの場合、両者を明確に区別することは専門家でも難しく、また両方の特性を併せ持っていることも少なくありません。
しかし、保護者の方が「この子は、脳に刺激を入れるために動いているのかもしれない」という視点を持つだけで、関わり方は大きく変わります。
頭ごなしに叱るのではなく、行動の理由を受け止め、安全な環境で、より良い形で感覚欲求を満たせるようにサポートしていくことが、お子さんの健やかな発達と自己肯定感を育む上で、何よりも大切なことなのです。
参考文献
- American Psychiatric Association. (2013). Diagnostic and statistical manual of mental disorders (5th ed.).
- Ghanizadeh, A. (2011). Sensory processing problems in children with ADHD, a systematic review. Psychiatry investigation, 8(2), 89.
- Lane, S. J., Reynolds, S., & Thacker, L. (2010). Sensory integration interventions for children with attention-deficit/hyperactivity disorder: A systematic review. OTJR: Occupation, Participation and Health, 30(3), 108-116.
- Yochman, A., Parush, S., & Ornoy, A. (2004). Responses of preschool children with and without ADHD to sensory events in daily life. American Journal of Occupational Therapy, 58(3), 294-302.
- DSM‒5 病名・用語翻訳ガイドライン(初版).精神神経学雑誌 第 116 巻 第 6 号(2014) 429‒457 頁