「うちの子、字を書くのが苦手なんです」「字が薄くて筆圧が弱いんですかね」「字を書くのが遅くて授業についていけない」こんな悩みを保護者から聞いたり、ご自身のお子さんで感じたことはありませんか?
文字の形がなかなか整わなかったり、筆圧が弱すぎて文字が読めなかったり、あるいは書くことそのものから逃げようとしたり。そのお悩み、決して「本人のやる気がない」からでも「練習が足りない」からではありません。
この記事では、なぜ字を書くのが難しいのか、その科学的な背景を解き明かし、理学療法士の視点からおすすめできる「遊び」を通した具体的な解決策をお伝えします。
なぜ「書く」のは難しい? 3つの機能の重要な連携
鉛筆を持って文字を書く。一見すると単純な手の動きに見えますが、その背景では、脳からの指令に基づき、身体の様々な機能が極めて精密に連携しあう、高度な活動が行われています。
そのなかで重要とされるのは以下の3つの機能です。
書くために必要な機能
- 認知機能
- 運動機能
- 感覚統合
3つの機能のうち、まず「認知機能」の働きが不可欠です。これは文字の形を正確に目で見て認識し(「い」と「り」の違いなど)、マスの中のどこにどう配置すればバランスが良いかを計画する、いわば頭の中の設計図を描く力です。
次に、その設計図を実行に移すための「運動機能」が働きます。ここで多くの人が「指先の器用さ」だけを思い浮かべますが、実はその大前提となる、もっと大切な土台があります。
それは安定した姿勢を保つ「体幹」の力です。身体の土台である体幹がぐらついていると、腕や手、指先といった末端の部分を細かくコントロールすることは非常に難しくなります。しっかりとした体幹があって初めて、指先は自由かつ正確に動くことができるのです。
そして最後に、これら一連の動きを滑らかに、そして適切に行うために「感覚統合」という機能が働きます。
筋肉や関節から伝わる「固有受容感覚」が、鉛筆を握る力の絶妙な加減、つまり筆圧を無意識にコントロールします。また、体の傾きやバランスを感じる「前庭感覚」や、鉛筆や紙の質感を感じる「触覚」といった様々な感覚からの情報が、動き全体の微調整を可能にしています。
これらの機能が一つでも未熟であったり、連携がうまくいかなかったりすると、「書きにくさ」として表面に現れてくるのです。
「うちの子はどれ?」書きにくさのサインに隠された本当の原因
お子さんの「書きにくさ」は、一つの原因だけでなく、複数の要素が絡み合っていることがほとんどです。ここでは、特に多く見られるタイプと、その背景にある原因を探っていきましょう。
椅子に座ると姿勢が崩れる
一見すると集中力がないように見えるかもしれませんが、その根本には、先ほどお話しした「体幹」の未熟さが隠れていることがよくあります。体を支えるだけで精一杯で、とても指先にまで意識を向ける余裕がないのです。
力の加減が苦手
書いた字が薄すぎて読めなかったり、逆に力が入りすぎてすぐに芯が折れたり。これは、力のコントロールを司る「固有受容感覚」の発達が追いついておらず、無意識の力加減が難しい状態なのかもしれません。
線が震えたり、文字の形が整わない
これは、指先を一本一本なめらかに動かす「微細運動」や、目で見たお手本を正確に手の動きに変換する「目と手の協応」が、まだ十分に育っていないことを示しています。
黒板の字を写すのに時間がかかる
そもそも設計図を描く段階である「視覚認知」や「空間認知」の力に、何らかのつまずきがあるのかもしれません。へんとつくりが逆になったりするお子さんも同様にこうした問題が隠れている可能性があります。
それぞれの特性に合った支援の方法が必要になってくるので、以下のような原因がないかをしっかりと評価していきましょう。
- 姿勢の不安定さ: 体幹の弱さが原因かも。
- 筆圧の調整困難: 感覚の育ちが影響している可能性。
- 運筆のぎこちなさ: 指先の動きや目と手の連携の課題。
- 形の認識の難しさ: 見て捉える力に課題があることも。
理学療法士が教える「夢中になれる遊び」
では、どうすればこれらの機能をバランス良く育てることができるのでしょうか。答えは、退屈な反復練習の中にはありません。子どもが最も成長するのは、心が躍り、夢中になれる「遊び」の中です。
まずはすべての土台となる体幹を強くするダイナミックな遊びから始めましょう。公園のジャングルジムによじ登ったり、お家で動物の真似をして四つん這いで歩き回ったり。
こうした全身を使った遊びは、ただ楽しいだけでなく、安定した文字を書くために不可欠な身体の軸を、知らず知らずのうちに育ててくれます。特に、手足でしっかり体を支える動きは、肩周りを安定させ、腕の操作性を向上させます。
身体の土台ができてきたら、今度は指先の巧緻性(器用さ)を高める繊細な遊びを取り入れます。
粘土をこねて想像の世界を形にしたり、洗濯ばさみを使って何かを挟んだりする遊びは、鉛筆を握るための「つまむ力」や、指を一本一本しなやかに動かす能力を養います。お風呂の壁に水鉄砲や霧吹きで的当てをするのも、楽しみながら「握る力」を育てるよい活動です。
そして力のコントロールを学ぶ感覚を養う遊びも忘れてはなりません。
親子や園で雑巾がけのレースをしてみるのもおすすめです。手のひら全体で床にぐっと圧をかける経験は、「これくらいの力で押せばいいんだ」という固有受容感覚を身体に教え込むよい機会になります。
砂場や泥場で、その抵抗を感じながらお絵かきをするのも、力のフィードバックを得やすく、非常におすすめです。
タイプ別のおすすめ遊びリスト
1. 姿勢がぐにゃぐにゃタイプ (体幹の弱さ)
- 高這い/クマさん歩き: 手足で体をしっかり支える。
- 段ボール押し相撲: 全身でぐーっと押す力を養う。
- タオル綱引き(座って): 倒れないよう姿勢をキープする。
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バランスボール: 座って弾み、バランス感覚を養う。
2. 力の加減が苦手タイプ (筆圧の調整困難)
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粘土遊び: 手のひら全体でこねる・丸める。
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雑巾がけ: 手に体重をかけ、床からの抵抗を感じる。
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サンドイッチ: 体を「ぎゅーっ」と布団やマットで挟んで圧迫する。
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新聞紙破り: 力加減を意識しながら細かく破る。
3. 指先が不器用なタイプ (運筆のぎこちなさ)
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洗濯ばさみ遊び: 指先で挟んで、つけたり外したり。
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スプレー/霧吹き: 的を狙って繰り返し握る。
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ひも通し/ビーズ通し: 集中して指先をコントロールする。
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シール貼り: 小さなシールを狙った場所に貼る。
4. 見て写すのが苦手なタイプ (形の認識)
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影絵遊び: 手や指で様々な形を作る。
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パズル/タングラム: 形の向きや組み合わせを考える。
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点つなぎ/迷路: 線を目で追い、空間を把握する。
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「同じ形探し」ゲーム: 絵の中から指定の形を見つける。
家庭でできる環境づくり
遊びによる身体づくりと合わせて、ご家庭の環境を少し見直すだけで、お子さんの「書きたい」気持ちを後押しすることもできます。
何よりもまず、お子さんが毎日使う机と椅子です。大切なのは、足の裏が床や足置きにぴったりとつき、安定していること。足が宙に浮いている状態では、体はバランスを取ろうとして余計な力を使ってしまい、書くことに集中できません。
膝と股関節が90度くらいに曲がり、肘が机に自然における高さが理想です。
そしてお子さんへの言葉かけです。「上手だね」という結果への評価だけでなく、その過程にある努力の瞬間にこそ、温かい声をかけてください。
「この線、最後まで集中して書けたね!」「前よりも丁寧に書こうとしている気持ちが伝わるよ」。そんな具体的な一言が、お子さんの自己肯定感を育み、「またやってみよう」という次へのエネルギーになります。
ちなみに毎回ほめるのではなく、50~70%くらいの確率でほめるのが理想とも言われているので、こちらもうまく利用して見てください。
(引用)脳科学者が教える! ほめると子どもにどんな影響がある? ほめる際の3つのポイント
もし、様々な工夫を試してもお子さんの困り感が強い場合は、一人で抱え込まずに作業療法士(OT)や理学療法士(PT)、小児科医、地域の発達支援センターなどの専門機関に相談することも、愛情ある大切な選択肢です。
まとめ
子どもの「書く力」の発達は、まっすぐな一本道ではありません。少し寄り道したり、ゆっくり進んだり、一人ひとり全く違う道のりを歩んでいます。
大切なのは、焦って「文字の練習」というゴールに急がせるのではなく、その土台となる「身体」と「心」を、日々の楽しい遊びの中でじっくりと育んでいくことです。
全身を使って笑い転げる時間、指先に集中して何かを創り出す静かな時間。その一つひとつの経験が、やがて自信を持って鉛筆を握り、自分の思いを自由に表現する力へと、必ずつながっていきます。
参考文献
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Berninger, V. W., & May, M. O. (2011). Evidence-based diagnosis and treatment for specific learning disabilities involving impairments in written expression. Journal of Learning Disabilities, 44(2), 154-166.
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Dinehart, L. H. (2015). Handwriting in early childhood education: Current research and future implications. Journal of Early Childhood Literacy, 15(1), 97-118.
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Kaiser, M. L., Albaret, J. M., & Doudin, P. A. (2009). Relationship between fine motor, visual-motor, and visual-perceptual skills in young children. The American Journal of Occupational Therapy, 63(3), 368-372.
最後までご覧いただきありがとうございました。こちらの記事は9月号のお便りでも簡単にまとめたものがありますので、ぜひご活用ください。
またアフターリハでは子どもの運動発達のお困りを理学療法士が支援しています。お子様の発達のお悩みや事業所内のお子さんの運動支援をお考えの方はお気軽にご相談ください。