「またお友達を押してしまった…」 「どうして何度も同じことをするの?」
保育園や公園で、わが子が友達を手で押してしまう姿を見て、心を痛めている保護者の方や、対応に悩む先生方は少なくないでしょう。
この行動は、単なる「わがまま」や「乱暴な性格」なのでしょうか?
実は、そうではありません。子どもの衝動的な行動の背景には、脳の発達、特に「脳のブレーキ役」がまだ成長途中であるという、科学的な理由が隠されています。
この記事では、なぜ子どもが友達を押してしまうのか、その背景にある脳の仕組みを分かりやすく解説し、ご家庭や園で簡単に取り入れられる「遊び」を通じた支援方法をご紹介します。
なぜ?子どもが「押してしまう」3つの脳科学的理由
子どもの衝動的な行動は、主に3つの脳の働きと関係しています。車に例えるなら、「未熟なブレーキ」と「敏感すぎるアクセル」、そして「ナビの不調」のような状態です。
1. 脳のブレーキ役がまだ未発達
私たちがおでこの奥に持っている「前頭前野(ぜんとうぜんや)」は、行動にブレーキをかけたり、計画を立てたり、感情をコントロールしたりする、いわば「脳の司令塔」です。
しかし、この前頭前野は脳の中で最もゆっくりと発達し、完全に成熟するのは20代とも言われています(Diamond, 2013)。
幼児期の子どもの脳は、まさにこの司令塔が絶賛工事中の状態。そのため、「おもちゃが欲しい!」と思った瞬間に、考えるより先に手が出てしまうのです。これは、お子さんの性格の問題ではなく、脳が発達している証拠でもあります。
2. ご褒美センサーが即時性を求める
脳には、嬉しいことや楽しいことがあると「ドーパミン」という物質を出す「報酬回路(ほうしゅうかいろ)」があります。これはやる気の源になる大切な仕組みです。
子どもの脳は、この報酬回路がとても敏感で、特に「すぐに手に入るご褒美」に強く反応します(Casey et al., 2008)。
例えば、友達を押すことでおもちゃが手に入ると、脳は「押す=おもちゃゲット!」と学習し、ドーパミンを出してその行動を強化してしまいます。
「今は我慢して後でもっと良いことがある」と考える前頭前野のブレーキが未熟なため、目の前の欲求が優先されやすいのです。
3. 「感覚統合」で脳が混乱している
「感覚統合」とは、体中から集まってきた感覚情報(触る、揺れる、体の位置など)を、脳が整理整頓して、状況に合わせて適切に反応できるようにする働きのことです。
この感覚の交通整理がうまくいかないと、子どもは混乱しやすくなります。
触覚の防衛反応
人との距離が近すぎたり、不意に触られたりすることに強い不快感を感じ、「やめて!」という意味でパッと手が出てしまうことがあります(Ayres, 2005)。
固有覚・前庭覚の未熟さ
自分の体の位置や力加減、相手との距離感を把握するのが苦手で、ただ挨拶しようとしただけなのに、力のコントロールがうまくいかず、結果的に「押す」形になってしまうのです。
感覚統合についての記事はこちらでも解説しています。
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遊びで脳のブレーキを鍛える3つの実践例
叱るだけでは、根本的な解決にはつながりにくいものです。大切なのは、発達途中の脳の働きを、遊びを通してサポートしてあげること。明日からできる簡単な遊びを3つご紹介します。
遊び1:シグナル・ストップゲーム(ブレーキを鍛える)
音楽に合わせて体を動かし、音が止まったらピタッと止まる、おなじみの遊びです。「だるまさんがころんだ」も同じ効果があります。
Check
- ねらい:動きを意識的に「止める」練習をすることで、前頭前野の抑制機能(ブレーキ)を鍛えます。
- ポイント:止まれたことをたくさん褒めてあげましょう。「止まるって楽しい!」という経験が、脳のブレーキ回路を育てます。
遊び2:ぎゅーっとサンドイッチ(体の感覚を整える)
子どもをマットやクッションの間に挟み、「ぎゅーっ」と優しく圧をかける遊びです。
Check
- ねらい:深い圧覚(固有覚)の刺激は、脳に安心感を与え、興奮を落ち着かせる効果があります。自分の体の輪郭を意識しやすくなり、力加減の調整にもつながります。
- ポイント:お子さんが心地よいと感じる強さで行いましょう。「もっと強く」「やさしく」など、リクエストを聞きながら行うと、コミュニケーションの練習にもなります。
遊び3:「かして」の練習ロールプレイ(新しい方法を学ぶ)
おもちゃの取り合いになりそうな場面を、ぬいぐるみなどを使って再現し、「『かして』って言えたね!」という成功体験を作る遊びです。
Check
- ねらい:衝動的に手が出る以外の解決策(言葉で伝える)があることを学び、成功体験を通じてドーパミン回路を良い方向へ導きます。
- ポイント:初めは「押す→おもちゃが取れない」「『かして』→貸してもらえる」という分かりやすい結果を大人が演出してあげることが大切です。
まとめ
子どもが友達を押してしまう行動は、わがままではなく、脳が一生懸命成長しているサインです。
- 脳のブレーキ(前頭前野)が発達途中であること
- 感覚の交通整理(感覚統合)がうまくいっていないこと
これらの理由を理解するだけで、保護者や支援者の心に少し余裕が生まれるはずです。
叱って行動を止めさせるのではなく、遊びを通して脳の発達を後押しし、子ども自身が自分の体をコントロールする力を育てていく。そんな視点でお子さんと関わってみませんか。
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【note】なぜ、あの子は友達を叩いてしまうのか?脳科学と感覚統合に基づく原因と、明日からできる実践プラン(チェックシート&遊び資料付き)
参考文献
- Diamond, A. (2013). Executive functions. Annual Review of Psychology, 64, 135-168.
- Casey, B. J., Jones, R. M., & Hare, T. A. (2008). The adolescent brain. Annals of the New York Academy of Sciences, 1124(1), 111-126.
- Ayres, A. J. (2005). Sensory Integration and the Child. Western Psychological Services.
- Goddard Blythe, S. (2014). The Well Balanced Child: Movement and Early Learning. Hawthorn Press.
- Miller, L. J., Anzalone, M. E., Lane, S. J., Cermak, S. A., & Riebel, M. (2007). The importance of sensory integration in the development of children. American Journal of Occupational Therapy, 61(2), 229-239.