【解説】自閉症の子の歩き方が気になる?独特な歩き方に隠された理由とできる支援の方法

自閉症スペクトラム(ASD)のお子さんを育てる中で、その独特な「歩き方」に、ふと気づき、少し心配になった経験はありませんか?

  • 「うちの子、なんだかつま先で歩いていることが多いな…」
  • 「歩くときに腕を振らなかったり、なんだか動きがぎこちなかったりするのはどうして?」
  • 「他の子と比べて、ふらふらしやすくてよく転ぶ気がする…」

それは、単なる「個性」や「癖」という言葉だけでは片付けられない、その子の感じている世界や脳の働き方が関係している、とても大切なサインなのかもしれません。

 

この記事では、なぜ自閉症のお子さんの中には独特な歩き方をする子がいるのか、その背景にある脳科学的な理由を、最新の研究を基に分かりやすく紐解いていきます。

 

自閉症の子どもに見られる「歩き方」の特徴

歩く子供

自閉症のお子さんによく見られる歩き方の特徴には、どのようなものがあるのでしょうか。2024年に発表された研究などをまとめた報告(The Conversation, 2024)によると、以下のような特徴が挙げられています。

特徴

  • つま先歩き(Toe-walking): 最もよく知られている特徴の一つで、かかとをつけずにつま先で歩きます。
  • 広い歩隔(Wider steps): バランスを取るために、左右の足の間隔を広げて歩く傾向があります。
  • ぎこちない、非対称な動き: 歩行中の腕の振りが少なかったり、左右で振り方が違ったり、体全体が硬く見えるような動きをしたりします。
  • ゆっくりとした歩行速度: 一歩を踏み出すのに時間がかかったり、全体的にゆっくりとしたペースで歩いたりします。
  • 足の向き: 足が内側を向く「内股歩き(in-toeing)」や、外側を向く「外股歩き(out-toeing)」が見られることもあります。

 

もちろん、これら全てが当てはまるわけではありませんし、その現れ方は一人ひとり全く違います。大切なのは、これらの動きが「なぜ起こるのか」という背景を理解しようとすることです。

 

脳科学から見た3つの大きな理由

お子さんの独特な歩き方の背景には、脳の機能的な違いが関係していることが、多くの研究で示唆されています。ここでは、特に重要とされる3つのポイントについて解説します。

 

理由1:運動の司令塔「小脳」の働き方の違い

脳

私たちの脳の後方下部にある小脳は、重さこそ脳全体の10%ほどですが、全身の筋肉の動きを調整し、スムーズで滑らかな運動を実現するための「運動の司令塔」とも言える重要な部分です。

 

例えば私たちが自転車に乗ったり、キャッチボールをしたりする時、いちいち「右足をこの角度で曲げて、左腕をこれくらいの速さで振って…」などと考えなくても、自然に体が動きますよね。これは小脳が動きのタイミングや力加減、バランスなどを無意識のうちに調整してくれているおかげです。

 

機能的MRI(fMRI)を用いた研究では、自閉症のある人は簡単な運動課題を行っている最中でも、定型発達の人とは異なる小脳の活動パターンを示すことが報告されています(Allen, G. & Courchesne, E., 2004)。つまり運動を自動化して、効率よく行うための脳の働き方が、少し違う可能性があるのです。

 

この小脳の働き方の違いが、歩行時に手と足の動きをスムーズに連動させたり、体のバランスを微調整したりすることを難しくさせ、ぎこちなさやふらつきの一因となっていると考えられます。

 

理由2:自分の体のナビゲーター「固有受容覚」のつまずき

同じ指を出す

突然ですが「目を閉じて自分の右手の親指で、左手の小指を触ってみてください」・・・できましたか?

 

このように、私たちは目で見なくても、自分の手足が今どこにあって、どのくらい曲がっていて、どれくらいの力がかかっているのかを感じ取ることができます。このいわばナビゲーターのような感覚を固有受容覚(こゆうじゅようかく)と呼びます。筋肉や関節にあるセンサーから送られてくる情報を脳が統合して生まれる感覚です。

 

自閉症のあるお子さんの中には、この固有受容覚の働きに課題を抱えている場合があります。

必要なモノ

  • 感覚が鈍感(低反応)な場合: 自分の体がどうなっているのか、情報が脳に届きにくい状態です。そのため、自分の存在を確かめるかのように、わざとドスンドスンと強く足を踏み鳴らして歩いたり、壁や人に体をぶつけにいったりすることがあります。また、力のコントロールが苦手で、歩くときに足が必要以上に上がってしまったり、逆に力が弱々しくなったりすることもあります。
  • 感覚が過敏(過反応)な場合: 逆に、わずかな筋肉の動きや関節の角度の変化にも脳が過剰に反応してしまい、混乱することがあります。

 

この固有受容覚のつまずきが、自分の体を思い通りに動かすことの難しさ、つまり「不器用さ」につながり、歩行の不安定さとして現れるのです。

 

理由3:バランス感覚の要「前庭感覚」の過敏さと鈍感さ

バランスボールでバランスを取る子供

ブランコに乗った時の揺れる感覚、車に乗った時のスピード感、エレベーターでの浮遊感。こうした体の傾きや回転、スピード、重力を感じる感覚を前庭感覚(ぜんていかんかく)と呼びます。この感覚は主に耳の奥にある三半規管や耳石器という器官がキャッチしています。

 

前庭感覚は、私たちが重力のある地球上で、バランスを保ち、安定した姿勢を維持するために不可欠な感覚です。

 

固有受容覚と同じく、自閉症のお子さんはこの前庭感覚の感じ方にもユニークさを持っていることがあります。

 

必要なモノ

  • 感覚が過敏(過反応)な場合: 少し体が傾いたり、足元が不安定だったりするだけで、強い不安や恐怖を感じます。地面から足が離れることを極端に嫌がり、遊具で遊べなかったり、歩くときも非常に慎重で、こわごわとした足取りになったりすることがあります。
  • 感覚が鈍感(低反応)な場合: 脳が「もっと刺激が欲しい!」と要求している状態です。そのため、その場でくるくる回る、ジャンプし続ける、わざと不安定な場所を歩く、といった行動が見られることがあります。強い刺激を求めて、かかとからの衝撃が少ない**「つま先歩き」**を選択している可能性も、この前庭感覚の鈍感さで説明できる場合があります。

 

このように、バランスを司る感覚の「チューニング」が少し違うことが、独特のバランスの取り方や歩き方につながっているのです。

 

赤ちゃんの動きが残っている?「原始反射」の影響

横を向く子供

もう一つ、歩き方に影響を与えている可能性のあるものとして「原始反射」の残存が挙げられます。

 

原始反射とは赤ちゃんが生まれながらに持っている、特定の刺激に対して無意識に起こる決まった反応のことです。例えば、赤ちゃんの足の裏をくすぐると、指をぎゅっと握るような動き(足底把握反射)が見られます。

 

これらの反射は赤ちゃんが生き延び、発達していく上で重要な役割を果たしますが、脳が発達するにつれて、より高次の自発的な動きに統合され、通常は生後6ヶ月から1歳頃までには見られなくなります。

 

しかし発達に課題のあるお子さんの中には、この原始反射が完全に統合されずに残ってしまうことがあります。すると、本来はもう必要のないはずの反射が、意図しない場面で顔を出し、スムーズな運動を妨げてしまうことがあるのです。

 

例えば、以下のような反射の残存が歩行に影響を与える可能性が指摘されています。

メモ

  • 非対称性緊張性頸反射(ATNR): 首を片方に曲げると、そちら側の手足が伸び、反対側の手足が曲がる反射。
  • バビンスキー反射: 足裏の外側をかかとからつま先へこすると、親指が反り、他の指が開く反射。

 

ATNR の残存がある場合は、歩行中に顔の向きを変えただけで体のバランスが崩れやすくなりますし、バビンスキー反射はつま先歩きやバランスの問題と関連しているという見方もあります。

 

私たちができる支援

独特な歩き方をするお子さんに対して、私たち大人はどのように関わっていけば良いのでしょうか。大切なのは、無理に歩き方を「治そう」「矯正しよう」とするのではなく、その背景にある感覚や脳の特性を理解し、お子さん自身が自分の体を上手に使えるようになるための土台を「育む」という視点です。

 

1. 原因を理解する

子供の手を引く

何よりもまず、お子さんの歩き方を否定的に捉えず、「その子なりの理由があって、一生懸命バランスを取ろうとしているんだな」と理解することが出発点です。

 

ぎこちない動きも、つま先歩きも、その子にとっては、その時点で最も効率の良い、あるいは心地の良い体の使い方なのかもしれません。無理に「かかとをつけて歩きなさい!」と注意し続けることは、お子さんにとって大きなストレスとなり、自己肯定感を下げてしまうことにもなりかねません。

 

2. 感覚を育む「遊び」を取り入れる

子供と公園で遊ぶ

お子さんの脳は、遊びという最高の「栄養」を通して発達していきます。特に、先ほど解説した「固有受容覚」「前庭感覚」を適切に刺激する遊びは、ボディイメージ(自分の体の地図)を育て、運動のコントロール能力を高めるのに非常に効果的です。

 

【固有受容覚を育む遊びの例】

  • 押したり引いたり: おもちゃ箱の片付け、段ボール運びなど、少し重いものを「うんとこしょ」と押したり引いたりする活動
  • ぎゅーっと圧迫: 布団やクッションで優しくサンドイッチごっこ、ストレッチ、お父さん・お母さんとの力比べ、思いっきりハグ
  • ぶら下がり&登り降り: 公園のジャングルジムやうんてい、坂道の上り下り
  • ジャンプ: トランポリン、ベッドの上でジャンプ(安全に配慮して)

 

【前庭感覚を育む遊びの例】

  • 揺れる: ブランコ(前後の揺れ、左右の揺れ、回転など、お子さんの反応を見ながら)、ハンモック
  • 滑る: 滑り台
  • 回転する: オフィスチェアに座ってゆっくり回る、お子さんを抱っこして一緒に回る
  • バランス遊び: バランスボール、平均台、縁石の上を歩く

これらの遊びを「トレーニング」と気負うのではなく、親子で楽しみながら日常に取り入れることで、お子さんの脳は必要な感覚情報を自然に受け取り、整理する力をつけていきます。

 

3. 心配なときは専門家に相談しよう

理学療法士作業療法士

「よく転んで怪我が多い」「特定の靴しか履きたがらない」「体に痛みがあるようだ」など、日常生活に支障が出ている場合や、保護者の方の心配が強い場合は、一人で抱え込まずに専門家に相談することが大切です。

 

理学療法士(PT)や作業療法士(OT)、かかりつけの小児科医や、地域の発達支援センター、療育施設などで相談してみましょう。

 

まとめ

自閉症のお子さんが見せる独特な歩き方の背景には、運動を司る小脳の働き方や、固有受容覚・前庭感覚といった感覚のユニークな捉え方、そして時には原始反射の名残など、様々な神経科学的な理由が隠されています。

 

私たち周りの大人がすべきことは、その歩き方を無理に変えさせることではなく、その背景にあるものを理解しようと努めること。そして遊びを通して豊かな感覚経験を提供することです。

 

 

こちらの記事では裸足で過ごすことの大切さについて解説していますので、併せてご覧ください。

参考【発達】子どもの才能を開花させる!? 裸足育児の科学と実践ガイド」

子どもの成長において「裸足で過ごすこと」がもたらすメリットは、科学的な観点からも多くあります。裸足で活動することは単なる健康法ではなく、子どもの身体的発達や脳の働き、さらには情緒の安定や学習能力向上に ...

続きを見る

 

参考文献

  • この記事を書いた人

田中 宏樹

After Reha代表の田中宏樹です。医療保険、介護保険分野のそれぞれで経験を積みながら、経営・マネジメントの勉強・情報発信も行っています。認定理学療法士(脳血管・運動器)/ ドイツ筋骨格医学会認定マニュアルセラピスト / PNFアドバンスコース(3B)修了 / FBL Klein-Vogelbach 1,2a+b修了 / 成人ボバースアプローチ基礎講習会修了 / 健康経営EXアドバイザー /企業経営アドバイザー/作業管理士

よく読まれている記事

1

体幹ってなんで大切なの?なぜ鍛える必要があるの?そう思われたことはありませんか?   「体幹」はカラダの中心にあって、すべての動きに関連する非常に大切な部位とされています。体幹を鍛えることは ...

2

「体幹トレーニング」という言葉を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。   サッカー日本代表で活躍した長友佑都さんが行っていた体幹トレーニングが話題となりましたね。 長友佑都 体幹ト ...

3

ここ数年筋力トレ(筋力トレーニング)ブームが起こっていますよね。 書店には筋トレ関連の本が多く並んでおり、フィットネスジムも多くなってきました。   Googleトレンドのキーワード検索率で ...

-子どもの発達
-, ,