寒くなってくると、脳梗塞などの脳卒中を発症する方が増える傾向にあります。
脳卒中を発症された方のリハビリを多く経験してきましたが、運動麻痺だけでなく筋力低下を起こしている方も多くいらっしゃいます。
今回は、運動麻痺を患っていても筋トレを行うことの重要性とオススメの運動方法についてお伝えしていきます。
脳卒中とは?
まず簡単に脳卒中について解説していきます。
脳卒中とは、脳の血管に障害が起こることで生じるもので、いくつかの分類があります。
脳卒中の種類
・脳の血管が詰まる「脳梗塞」
・脳内の血管が破れて出血する「脳出血」
・脳の血管にできたコブが破れる(脳動脈瘤の破裂)「くも膜下出血」
脳卒中を含む脳血管疾患の治療や経過観察で外来受診をしている方は 、平成26年度時点で18 万人と推計されています。そのうち約 14%が20~64 歳で50歳を超えたあたりから増加傾向にあります。
(出典)厚生労働省「平成 26 年患者調査」
平成29年度には日本人の死因の第3位に脳血管疾患が含まれており、介護が必要となる状態では第1位となっています。
(出典):平成29年(2017)人口動態統計 死因簡単分類別にみた性別死亡数・死亡率
(出典):平成29年版高齢社会白書(全体版)高齢者の健康・福祉より作図
脳卒中後に起こる筋力低下
脳卒中を発症すると、発症直後から自力で動けなくなるケースが多く、活動量が低下します。
特に寝ている時間が長くなるほど、足の筋肉や体幹の筋肉を利用しない時間が増え、筋力低下が進行してしまいます。
脳卒中の場合、活動量の低下は運動麻痺により起こっていると考えることができます。
脳の損傷部位によって運動麻痺の影響も異なりますが、運動麻痺の影響は脳卒中発症後3週間~6か月に掛けて筋肉量を減少させ、骨格筋内の脂肪が蓄積させる報告があります。
(Coralie English, et al: Loss of skeletal muscle mass after stroke: a systematic review. Int J Stroke . 2010 Oct;5(5):395-402.)
(Gail Carin-Levy ,et al: Longitudinal changes in muscle strength and mass after acute stroke. Cerebrovasc Dis . 2006;21(3):201-207.)
骨格筋内の脂肪など、筋力低下についてはこちらの記事でも解説しています。
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骨格筋量が低下し、骨格筋内脂肪が増加することで筋力は低下するため、さらに活動量が低下する負のスパイラルに陥ることになります。
また脳卒中を発症された方では、健康な人と比較すると脳卒中後の運動麻痺がない手足ともに筋力が低下します。
これは発症後1週間という早い段階で起こると言われています。
しかし医療機関での脳卒中後の筋トレには否定的な意見が多い傾向にあります。
病院に勤める理学療法士や作業療法士のリハビリスタッフは消極的なことが多く、痙性を増悪させると考えられていました。
ですが脳卒中後の筋トレは、健常な手足側だけでなく運動麻痺のある手足にも筋力増強効果があり、「痙性を増悪させることはない」との結果が多数報告されています。
(Moriss SL, Dodd KJ, Moriss ME: Outcomes of progressive resistance strength training following stroke: a systematic review. Clin Rehabil, 2004, 18(1): 27-39.)
(Taylor NF, Dodd KJ, Damiano DL: Progressive resistance exercise in physical therapy: a summary of systematic reviews. Phys Ther, 2005, 85(11): 1208-1223.)
痙性とは
自分の意志とは関係なく筋肉が緊張しすぎてしまい、勝手に曲がったり、突っ張ったりして手足を動かしにくくなる状態のことです。
主に次のような症状を患うことがあります。
- 手の指を握りこんだままで開きにくい
- カラダを動かすと肘が勝手に曲がり、伸ばせない
- 足が勝手に下や内側を向いてしまい、体重をかけられない
脳卒中後の筋肉の変化
加齢による筋肉の変化と同様、脳卒中後にも筋肉の繊維のタイプが変化したり、筋肉の萎縮が起こります。
筋肉は筋線維の集まりで構成されていますが、脳卒中後の筋線維の変化については加齢による変化とは異なります。筋線維には「収縮する速度は遅いが持久性に優れる」ものと「疲労しやすいが瞬発性に優れる」2種類があります。
通常加齢による変化が起こると、「瞬発性に優れる」筋線維は減少し、「持久性に優れる」筋線維は維持されます。
(J Lexell: Human aging, muscle mass, and fiber type composition.J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 1995 Nov;50 Spec No:11-6.)
一方、脳卒中後の筋線維の変化では「持久性に優れる」筋線維が減少し、「瞬発性に優れる」筋線維は増加します。
この瞬発性に優れる筋線維は歩行能力と逆の関係にあり、瞬発性に優れる筋線維が増加することで歩行能力は低下します。
脳卒中後の麻痺側の筋肉の萎縮は、この不活動による筋萎縮と同様の状態であると報告されており、歩行能力を高めるためにも、積極的に筋肉を使用する必要があると考えられます。
(Patrick G De Deyne, et al: Muscle molecular phenotype after stroke is associated with gait speed. Muscle Nerve . 2004 Aug;30(2):209-215. )
脳卒中後の筋力と動作の関係
脳卒中発症後の筋力低下は、いろいろな動作に影響を及ぼします。
例えば、自力で立つためには、運動麻痺のある側の太ももの筋力と、運動麻痺のない側の太もも筋力の両方が関係しています。
他にも以下のような動作とも関係があります。
これらの動作は、運動麻痺がある側の複数の足の筋力と関係があります。
運動麻痺を有する手足の筋力をつけることは、これらの生活に必要な動作を獲得することに繋がります。
脳卒中発症後の筋力低下は運動麻痺だけなく、それに伴う2次的な活動量の低下、安静によっても起こりやすくなります。
活動量を減らさないために、ご自身で行える筋トレを実践することで、筋力が向上し、結果的に活動量を増やすことに繋がり、好循環を生み出すきっかけとなります。
脳卒中後の筋トレ方法
脳卒中発症後のベッド上の安静は、繰り返しになりますが、運動麻痺のない手足の筋力低下も進行させてしまいます。
発症早期からリハビリの量を多くとることで、機能的な障害や日常生活を改善させるため、頻度を多く保つことが重要です。
そしてリハビリのプログラムの中に、筋力トレーニングを含めることも重要となります。
脳卒中治療ガイドラインとよばれる、脳卒中の治療に対する指針では、運動麻痺を呈する足に筋力トレーニングを行うことは足の筋力を向上させ(グレードA)、身体機能を改善させる(グレードB)とされ、いずれにおいても筋力トレーニングを推奨しています。
詳しく見ていくと運動麻痺のある足の機能を改善させるには、以下のような運動が推奨されています。
ポイント
・立ち上がりなど、ある目的を持った動作の反復練習
・ペダルを漕ぐ練習
・トレッドミルでの歩行練習
・機能的電気刺激*(持続効果は短い)
*機能的電気刺激とは、筋肉や末梢神経を刺激することで運動麻痺のある筋肉を収縮させて、筋機能の改善を図るものです。
はてな
・A:強く行うように勧められるれ
・B:行うように勧められる
・C:行うことを考慮しても良いが、十分な科学的根拠がない
・D:科学的根拠がないので、勧められない
・E:行わないように勧められる
ここでの共通点としては、単なる筋力トレーニングではなく、筋力増強が見込まれる動きを積極的に行うことが推奨されています。
例えば、「階段の昇り降り」、「立ち上がり」、「歩行練習」などの動作を伴った運動を行いながら、筋力をつける運動が効果的です。
運動麻痺のある手に関しても、ご自身で肘をのばすことができる方には、電気刺激を用いたトレーニングや、手首の筋力を向上させることが、うでや手の機能を改善させるという報告されています。
(A Meilink, et al: Impact of EMG-triggered neuromuscular stimulation of the wrist and finger extensors of the paretic hand after stroke: a systematic review of the literature. Clin Rehabil . 2008 Apr;22(4):291-305.)
(Güldal Funda Nakipoğlu Yuzer , et al: A Randomized Controlled Study: Effectiveness of Functional Electrical Stimulation on Wrist and Finger Flexor Spasticity in Hemiplegia.J Stroke Cerebrovasc Dis . 2017 Jul;26(7):1467-1471. )
オススメの運動
1.立ち上がり運動
①胸の前でうでを組みます。
②体幹を前方に倒しながら椅子から立ち上がります。
③立ち上がったら、ひざをしっかりと伸ばしましょう。
④座るときは、ひざを最初に曲げてからおじきをして、ゆっくりと座っていきます。
⑤回数は1日50回以上、できれば100回を目標に行いましょう。
ポイント
・運動麻痺のある足にもしっかりと体重を乗せながら行うようにしましょう。
2.スクワット運動
①椅子の後ろに立って、背もたれを握りましょう。(麻痺がある場合は片手でもOKです)
②体幹を少し前に倒しながら、おしりを後ろに突き出してひざを軽く曲げます。
③ひざを曲げたまま、その位置を5秒間保持します。
③ひざと股関節を同時に伸ばすように、元の姿勢に戻ります。
⑤動作を「ゆっくりと行う」、「素早く行う」それぞれの方法を1セットずつ、20回から始めましょう。
ポイント
・ひざを曲げたときに、出来るだけかかとが浮かないように注意しましょう。
3.壁を用いた腕立てふせ
①壁から30cmほど離れた位置に足を肩幅に開いて立ちます。
②麻痺のある手を、麻痺のない手で支えながら、壁に手をつきます。
③手に体重を少しずつかけながら、肘を曲げます。
④胸を張らないように注意しながら、麻痺のない手で介助しながら肘を伸ばして元の位置に戻ります。
⑤1セット20回を3セット行いましょう。
ポイント
・動作中は腰が反らないよう、カラダが一直線になることを意識して行いましょう。
・手首に痛みが出ない範囲で行いましょう。
おわりに
脳卒中後の筋力トレーニングは、エビデンスレベルも高く推奨される運動になります。
運動麻痺による影響や、安静による影響によって筋力低下が起こり、運動機能が低下することが多く報告されているため、自主的にも運動を行い筋力が低下しないようにする必要があります。
しかしやり方を間違えると、痛みが出現したり、悪い動きを学習してしまうため注意が必要です。
セラピストや、パーソナルトレーナーの指導を仰ぎながら、安全かつ効率的な運動を行うように心がけましょう。
当サロンでは、お一人おひとりにあった運動プログラムの指導も行っています。脳卒中後でお困りの方は、ぜひ体験からでもご検討いただけますと幸いです。
参考文献
・M L Harris, et al: Quadriceps muscle weakness following acute hemiplegic stroke. Clin Rehabil . 2001 Jun;15(3):274-281.
・A Williams Andrews, et al: Short-term recovery of limb muscle strength after acute stroke. Arch Phys Med Rehabil . 2003 Jan;84(1):125-130.
・Engardt M, Knutsson E, Jonsson M, et al.: Dynamic muscle strength training in stroke patients: effects on knee extension torque, electromyographic activity and motor function. Arch Phys Med Rehabil, 1995, 76(5): 419-425.
・Weiss A, Suzuki T, Bean J, et al.: High intensity strength training improves strength and functional performance after stroke. Am J Phys Med Rehabil, 2000, 79(4): 369-76.
・松田 梢ら:本邦における「痙縮筋に対する筋力増強運動」についての理学療法士の認識.理学療法科学22(4):515–520, 2007
・脳卒中治療ガイドライン2015〔追補2019〕
・筋力トレーニング-エビデンス&プラクティス 総合リハビリテーション Vol.46 No.5 2018
・大川 弥生ら:脳卒中片麻痺患者の廃用性筋萎縮に関する研究-「健側」の筋力低下について リハビリテ-ション医学 25(3), p143-147, 1988-05
・中村 重敏 ら:慢性期片麻痺患者の歩行パフォーマンスは上がるのか? Vol.36 Suppl. No.2 (第44回日本理学療法学術大会 抄録集
・Choi YA et al: Effects of fast and slow squat exercises on the muscle activity of the paretic lower extremity in patients with chronic stroke. J Phys Ther Sci. 2015