【専門家が解説】運動で子供のワーキングメモリは伸びる!脳を育てる遊び方完全ガイド

子育てをしていると、こうしたお子様の様子に、もどかしさや不安を感じることがあるかもしれません。そのお悩み、もしかしたら「ワーキングメモリ」という脳の働きが関係している可能性があります。

 

ワーキングメモリは、学習や日常生活の土台となる非常に重要な能力です。そして、喜ばしいことに、このワーキングメモリは「運動」によって効果的に鍛えられることが、数多くの科学的研究によって明らかになってきています。

 

この記事では、脳科学の知見に基づき、「なぜ運動がワーキングメモリを鍛えるのに効果的なのか?」「どんな運動や遊びがワーキングメモリを育てるのか?」こうした疑問にわかりやすくお答えいたします。

 

そもそも「ワーキングメモリ」ってなんだろう?

「ワーキングメモリ」という言葉を初めて聞いた方もいらっしゃるかもしれません。

 

一言でいうと、ワーキングメモリは「情報を一時的に記憶しながら、同時に処理するための脳の機能」です。よく「脳のメモ帳」や「頭の中の作業台」に例えられます。

 

私たちは日常生活の中で、無意識にこのワーキングメモリをフル活用しています。

  • 料理中: レシピを覚えながら、野菜を切り、火加減を調整する。
  • 会話中: 相手の話を聞いて理解しながら、次に何を話すか考える。
  • 算数の計算: 「38 + 15」という計算で、「8+5=13」の「1」を繰り上がりとして覚えておき(記憶)、次の「3+1」に足す。
  • 先生の指示: 複数の指示を覚えて、順番に実行する。

このように、ワーキングメモリは、学習、コミュニケーション、問題解決など、私たちが思考し、行動するあらゆる場面で中心的な役割を果たしているのです。

 

ワーキングメモリについてはこちらの記事で詳しく解説しています。

参考
集中力・思考力のカギはこれ!子どもの発達を支えるワーキングメモリの仕組みを専門家が徹底解説

「さっき言ったばかりなのに、もう忘れてる…」 「お片付けの途中で、違う遊びを始めてしまう」 「忘れ物が多くて、毎朝ガミガミ言ってしまう」子育てをしていると、こうした悩みにぶつかることはありませんか? ...

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ワーキングメモリが弱いとどうなる?

もし、この「脳のメモ帳」の容量が小さかったり、書いた情報がすぐに消えてしまったりすると、どうなるでしょうか。

ワーキングメモリが弱いと

  • 指示を覚えられない
  • 忘れ物・なくし物が多い
  • 話が飛びやすい
  • 集中力が続かない
  • 文章を読むのが苦手

 

これらは、決して本人のやる気がないわけでも、ふざけているわけでもなく、ワーキングメモリの働きが追いついていないために起こる困難さなのかもしれません。

 

そして、このワーキングメモリは、脳、特に「前頭前野(ぜんとうぜんや)」という部分が深く関わっており、幼児期から学童期にかけて大きく発達していきます。

 

この大切な時期に、適切な働きかけをすることが、お子様の将来の学力や社会性の基盤を築く上で非常に重要になるのです。

 

運動がワーキングメモリを鍛える3つの理由

「ワーキングメモリを鍛えるなら、ドリルやパズルの方が良さそう」と思われるかもしれません。もちろん、それらも有効なトレーニングの一つです。

 

しかし、近年の研究では、身体を動かす「運動」が、脳機能、特にワーキングメモリを含む実行機能(Executive Functions)を向上させる上で、極めて効果的であることが繰り返し報告されています。

 

では、なぜ運動が脳に良いのでしょうか。そのメカニズムを、科学的根拠に基づいて3つの側面から解説します。

 

理由①:脳の血流がアップして神経細胞が活性化

私たちの脳は、体重の約2%ほどの大きさですが、体全体の酸素の約20%を消費します。脳が活発に働くためには、たくさんの酸素と栄養が必要不可欠です。

 

運動をすると心拍数が上がり、全身の血流が良くなります。

 

もちろん、脳への血流も例外ではありません。運動によって脳に送られる血液量が増加すると、脳の神経細胞に十分な酸素と栄養(ブドウ糖など)が供給され、細胞の働きが活発になります。

 

特に、ワーキングメモリや集中力、計画性などを司る「前頭前野」は、運動による血流増加の影響を強く受けることが分かっています。

 

Hillmanの研究では、子どもたちが20分間のウォーキングを行った直後、認知課題の成績が向上し、その際の脳活動を計測したところ、前頭前野の活動が活発になっていたことが示されました (Hillman, C. H., et al., 2009)。

 

つまり運動は脳のエンジンを温め、思考のための準備を整えてくれる、最高のウォーミングアップなのです。

 

理由②:「脳の栄養」BDNFが増えて神経回路が強化

運動が脳に与える影響として、近年最も注目されているのがBDNF(Brain-Derived Neurotrophic Factor:脳由来神経栄養因子)の増加です。

 

少し難しい言葉ですが、BDNFは脳で作られるタンパク質の一種で、「脳の栄養」や「脳の肥料」とも呼ばれています。主な働きは以下の通りです。

主な働き

  • 新しい神経細胞の誕生を促す
  • 既存の神経細胞の成長を助け、生存を維持する
  • 神経細胞同士のつながり(シナプス)を強化する

 

シナプスは記憶や学習の基盤となる神経回路の接合部分です。BDNFが増えることで、このシナプスの働きが活発になり、情報伝達がスムーズになります。

 

その結果、新しいことを覚えやすくなったり、記憶が定着しやすくなったりするのです。

 

そして、このBDNFの分泌を強力に促進するのが「運動」です。特に、少し息が上がるくらいの中強度の有酸素運動が効果的だとされています。

 

メタアナリシス(複数の研究結果を統合して分析する手法)においても、子どもの運動が実行機能を向上させることが一貫して示されており、その背景にあるメカニズムの一つとしてBDNFの関与が強く示唆されています (Vazou, S., et al., 2019)。

 

運動をすることは、脳に栄養を与え、ワーキングメモリを支える神経回路そのものを太く、強く育てることに繋がるのです。

 

理由③:ドーパミンなどの神経伝達物質が調整される

私たちの脳の中では、「神経伝達物質」と呼ばれる化学物質が情報をやり取りしています。その中でも、ワーキングメモリの働きに深く関わっているのがドーパミンノルアドレナリンです。

 

ドーパミン

やる気、意欲、集中力、快感などに関わる。適切な量のドーパミンは、前頭前野の働きを最適化し、注意を持続させたり、情報を効率的に処理したりするのに役立つ。

 

ノルアドレナリン

覚醒、注意力、集中力に関わる。脳をシャキッとさせ、重要な情報に注意を向ける働きを助ける。

 

運動はこれらの神経伝達物質の分泌を促し、バランスを整える効果があります。運動後に気分がスッキリしたり、集中力が高まったりする感覚は、これらの神経伝達物質の作用によるものです。

 

発達障害の一つであるADHD(注意欠如・多動症)の子どもたちは、ワーキングメモリに課題を抱えていることが多く、その背景にはドーパミン系の機能不全が関係していると考えられています。

 

ADHDの治療薬の一部は、このドーパミンやノルアドレナリンの働きを調整するものですが、運動にも同様の作用が期待できることから、非薬物的な支援としても運動療法が注目されています (Den Heijer, A. E., et al., 2017)。

 

運動は脳内の化学的なバランスを整え、ワーキングメモリが最高のパフォーマンスを発揮できる環境を作り出してくれるのです。

 

ワーキングメモリを伸ばす運動のポイント

では、具体的にどのような運動がワーキングメモリを鍛えるのに効果的なのでしょうか。ポイントは「考えながら動く」ことです。

 

単に走る、ジャンプするといった単調な運動よりも、認知的な要素(Cognitive Engagement)を伴う運動の方が、脳機能の向上に効果が高いことが分かっています。

 

具体的には、以下の2つのタイプの運動を組み合わせることが理想的です。

有酸素運動

少し息が弾み、心拍数が上がるような運動です。ウォーキング、ジョギング、ダンス、水泳、サイクリングなどが含まれます。

これらの運動は、前述したように脳の血流を増やし、BDNFの分泌を促す上で非常に重要です。まずは「楽しく体を動かす」ことを目的に、日常生活に取り入れましょう。

 

コーディネーション運動

体の様々な部分を協調させて、複雑な動きを行う運動です。日本語では「協応運動」とも呼ばれます。ボール遊び、ダンス、武道、アスレチックなどがこれにあたります。

これらの運動は、状況を判断し、次にどう動くかを予測し、体の動きをコントロールする必要があります。この「予測→計画→実行→修正」という一連のプロセスが、前頭前野をフル回転させ、ワーキングメモリを直接的に鍛えるトレーニングになるのです。

 

研究によると、有酸素運動に加えて、認知的なスキルや協調性を要する運動プログラムに参加した子どもたちは、ワーキングメモリの成績が特に大きく向上したと報告されています (Schmidt, M., et al., 2016)。

 

つまりただ走るだけでなく、「鬼ごっこのように、相手の動きを見ながら逃げるルートを考える」「ダンスのように、振り付けを覚えて音楽に合わせて体を動かす」といった、頭と体を同時に使う活動が、ワーキングメモリを育む鍵となるのです。

 

今日からできるワーキングメモリを鍛える運動遊び5選

子どもにとって、運動は「トレーニング」ではなく「遊び」です。ここでは、楽しみながら自然とワーキングメモリを鍛えられる、具体的な運動遊びを5つご紹介します。

 

それぞれの遊びが、なぜ脳に良いのかという解説も参考にしてみてください。

 

1. 進化系「鬼ごっこ」

普通の鬼ごっこも素晴らしい運動ですが、少しルールを加えるだけでワーキングメモリへの挑戦度が高まります。

色鬼

鬼が言った色に触れている間は捕まらない。「赤!」と言われたら、赤いものを探してタッチするまで逃げなければなりません。鬼の指示を記憶し、周りを見渡して目的の色を探し、自分の動きを計画・実行する、まさにワーキングメモリのフル活用です。

 

氷鬼

捕まったらその場で凍る。味方にタッチしてもらうと、また動けるようになります。誰が鬼で、誰が凍っていて、どこに助けを求めればよいか、複数の情報を同時に処理する必要があります。

 

2. まねっこ遊び

親や友達がリーダーとなり、その動きを真似するシンプルな遊びです。

動きを真似する

リーダーが「ジャンプして、手を2回叩いて、しゃがむ」といった一連の動きをします。子どもはその動きの順番を短期的に記憶し、自分の体で再現します。動きが複雑になるほど、ワーキングメモリの容量が試されます。

 

後出しじゃんけん

「リーダーに勝つように出してね」「負けるように出してね」とルールを変えることで、単純な模倣から一歩進んだ思考の抑制と切り替え(実行機能)のトレーニングになります。

 

3. ボール遊び

キャッチボールやドリブルなど、道具を使った遊びは、体のコントロールと状況判断を同時に行うため、非常に効果的です。

キャッチボール

飛んでくるボールの速度と軌道を予測し、自分の体の動きを調整してキャッチします。ただ投げるだけでなく、「投げる前に自分の名前を言う」「しりとりをしながらキャッチボールする」など、認知的な課題(デュアルタスク)を加えると、さらにワーキングメモリへの負荷が高まります。

 

ドリブル

ボールをコントロールしながら、周りの状況(人や障害物)にも注意を払う必要があります。これも複数の情報処理を同時に行う良いトレーニングです。

 

4. ダンス・リズム遊び

音楽に合わせて体を動かすことは、心と脳の両方に良い影響を与えます。

振り付けを覚える

テレビのダンスや簡単な振り付けを覚えて踊ることで、動きの順番を記憶し、音楽のタイミングに合わせて体を動かす実行機能が鍛えられます。うまくできなくても、覚えようと努力するプロセスそのものが脳への刺激となります。

 

リズム模倣

親が手で叩いたリズムを、子どもが真似して叩きます。聴覚的な情報を短期記憶し、運動に変換する能力を養います。

 

5. アスレチック・木登り

自然の中や公園のアスレチックで遊ぶことは、全身を使った究極のワーキングメモリトレーニングです。

ルートを計画する

「どの順番で遊具をクリアしようか」「どの手と足をどこに置けば、上まで登れるか」など、子どもは常に目標を設定し、計画を立て、実行し、時には修正します。この一連の思考プロセスが、前頭前野を強力に刺激します。

 

バランス感覚

不安定な足場を渡るとき、体は無意識に細かい筋肉を調整しています。この身体的なコントロールと、ルートを考える認知的な活動が組み合わさることで、脳は高度な情報処理を要求されます。

 

まとめ

この記事では、子どものワーキングメモリと運動の深い関係について、科学的な根拠を交えながら解説してきました。

  • ワーキングメモリは「脳のメモ帳」であらゆる場面で使われる
  • 運動は脳の血流、栄養(BDNF)を増やし、神経伝達物質を整える
  • 有酸素運動と「考えながら動く」コーディネーション運動が効果的
  • 夢中になれる「遊び」こそが、脳を育てる最高の機会

現代の子どもたちは、外で遊ぶ機会が減り、座って過ごす時間が増えていると言われています。

 

しかし、脳の発達が著しいこの時期に、体を思い切り動かして遊ぶ経験は、学力テストの点数には現れない、もっと根源的な「生きる力」の土台を築きます。

 

ワーキングメモリを鍛えることは、集中力や記憶力を高めるだけでなく、計画を立てて物事をやり遂げる力、感情をコントロールする力、新しい環境に適応する力など、将来子どもたちが社会でたくましく生きていくために不可欠なスキルを育むことに繋がります。

 

難しく考える必要はありません。まずは今度の週末、「公園で一緒に色鬼をしよう!」と誘ってみませんか?。

 

参考文献

  • Den Heijer, A. E., Groen, Y., Tucha, L., Tucha, O., Fuermaier, A. B. M., Koerts, J., & Lange, K. W. (2017). Sweat it out? The effects of physical exercise on cognition and behavior in children and adults with ADHD: a systematic literature review. Journal of Neural Transmission, 124(S1), 3–26.
  • Hillman, C. H., Pontifex, M. B., Raine, L. B., Castelli, D. M., Hall, E. E., & Kramer, A. F. (2009). The effect of acute treadmill walking on cognitive control and academic achievement in preadolescent children. Neuroscience, 159(3), 1044–1054.
  • Schmidt, M., Jäger, K., Egger, F., Roebers, C. M., & Conzelmann, A. (2016). Cognitively engaging chronic physical activity, but not aerobic exercise, affects executive functions in primary school children: A group-randomized controlled trial. Journal of Sport and Exercise Psychology, 38(4), 313–326.
  • Vazou, S., Pesce, C., Lakes, K., & Smiley-Oyen, A. (2019). More than one road leads to Rome: a narrative review and meta-analysis of physical activity and executive function in children. International Journal of Sport and Exercise Psychology, 17(2), 153–178.

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